夢に生まれ落ち
止まないあの声は。
目覚める前から聞こえていたような。
ずっと前から知っていたような。
うおおんうおおおんと響く隙間に、足元でざく、と音がした。ぼんやりと目を向けるけれど、砂と靴を見分けるには少し待たなければいけなかった。
寒くて歯が鳴る。膝が笑う。
重ねた服の中まで冷えている。風は乾いているのに、肌が感じるのはしっとりと湿った冷たさばかりだ。
ゆっくりと首を巡らせた。灰色の崩れかけた建物がぽつぽつと見えるけれど、それだけ。あとは砂の道ばかり。空には濁った赤が垂れ込めて、端から端まで覆いかぶさっている。
固まったような足を動かすと、道の両脇から重なり合うように声が降ってくる。
う、おおおん、うおおん、おおん。
分かれ道の向こうの広場を覗くと、からからに乾いた布を纏って佇む人たちがいる。指先一つ動かさず、頭がほんの少し揺れることすらない。物のような人たちが。
うおおおおおおおん。
一際大きな声に誰かが顔を上げると、つられるように他の人たちも空を見る。けれど見るだけで何もしない。本当に何もなさそうなので元の道に戻り、ざくざくと歩いてみる。
次第に建物の端が見え、空が広くなり、ぼんやりとした眩しさに目を細める。
光に慣れたあたりで顔を上げると。
白い人が真直ぐに立っていた。
髪も肌も明るい色の人の、白い服がゆったりと揺れる。白は背中からも広がって、まわりを拒むような翼になっている。
白い人は口をわずかに開けて、何かを話す。
「きおくは?」
少し遅れて、頭の内側に言葉が生まれる。
(記憶は?)
その声は音としてはしっかりと聞こえていたのだけれど、何の意味が乗せられているのかがわからない。そして、頭に浮かぶ言葉は意味をとることはできるのに、音に戻すことができない。
「うまくはなせないようだな」
白い人の話す言葉は、意味と音がばらばらなまま、硬く、明るく、鋭く、けれどじんわりと、耳の奥に染み込んでゆく。
(お前は罪を負っている)
罪。その言葉に肩がびくりと震える。体の底がきゅうと縮こまる。
目の前に――
(胸に痛みを感じはしないか)
繰り返し、繰り返し、目の前に散るのは赤い色と、古い血の匂い?
注意を向けるとそれも滲んで消える。かわりに体じゅうをじわじわと熱に蝕まれてゆく。
(理由は分からなくとも、罪の記憶は残っているはずだ)
むねのいたみ。
つみのきおく。
焦りに指が虚空を掻く。掴んでいられなかったもの、冷たく変わってゆくもの、失ったもの、抜け落ちたもの、切り捨てたもの、振り払ったもの。
それは、なに?
心臓が激しく脈打つ。空気が指先に重い。
せおったつみ?
ぐんにゃりと歪みかける視界に白い人の掌が入った。広がる指から黒色ががたんと落ちる。顔を上げると白い人は少し首を引き、変わらない表情で言葉を紡ぐ。
(私たちは贖罪の手段を知っている)
(この銃を持って、神経塔の最下層へ)
「しんけいとうへむかう、それが、おまえのしめい」
(そこに、お前の罪を償う方法がある)
つみを。とりかえしのつかないつみを。
なかったことにできる?
ぬぐいさってくれる?
手を伸ばす。
黒い、硬質な、救いに。
足を向けるのは遠い塔。
背中の銃はずっしりと、白い人は姿を消して。
足元がふらつき、恐れが目を霞ませる。
それでも。
罪科のぼくが頼れるのはこの銃と、あの白い人だけ。