雪花に抱かる

戻る
 赤い空から雪が降る。
 雲もなく寒くもない日だったが、それに首を傾げるには、世界は歪みすぎていた。
 牡丹ぼた雪は宙を舞うこともなくまっすぐに落ち、意外なほど早く土を覆った。
 細い道に続いていた、この界隈で唯一の足跡も、あっさりと消えてゆく。
 それをひとしきり眺め、青年はまばたきをする。
 そらの魚に齧られた傷が半端に痛んだ。
 掻きむしらないのは腕なしにはできないからで、寝転がっているのは片足だとそれが楽だから。
 青年が彼女らで腹を満たすように、彼女らもまた青年を糧にする。
 ……相討ちではまったく救えないが。
 傍らにあるのは魚が二匹。揃って肉をさらし、骨を砕かれ、じきに腐りゆくはらわたを抱えて転がっている。
 自分と同じように。ぼんやりとそう考えたところで彼は小さく息をついた。
 ああちがう。自分はもっとみにくい。
 まっとうなヒトのなりをしていながら、血を被り、肉をまなければ生が保たれない自分は。
 生きているだけで、吐き気がするほどみにくい。
 からだが重くなり、ゆっくりと瞼を下ろした。そろそろ熱が尽きてゆくのを感じる。地面にがくんと沈み込みそう。
 雪の音だけがしらしら耳朶じだを打っている。
 口にも入り込み、味蕾の上でつめたくかおった。
 そして彼の命は終わった。

 動くもののない場所に、白い花は幾千万と降り注ぎ、三つのかばねうずもれた。
戻る ページの先頭へ