023.偽の翼
任務帰りの殺戮天使が二人、路地を歩いていた。装備はほとんど外し、銃だけを腰に下げている。服に跳ねた血はすでに黒い。
「あ」
片方の天使が暗がりを指さす。少し前から見るようになった異形が、蜘蛛のような格好で地面に張りついていた。
「処理したほうがいいのでしょうか」
「さあ」
二人は呑気な調子で首をかしげ合う。この異形は動きが鈍く攻撃性も低いので、あまり警戒の対象にはならないのだ。
最初に指した天使がゆっくりと近寄り、手袋をはめたまま異形をつまみあげた。慌てたように足をばたつかせる様子は、異形というより新種の動物のよう。
「でも、これは何かに使えそうな気がする」
「たとえば?」
「たとえば……」
蛾を捕まえたように両手で摘み、相手の鼻先にぶらさげてみせる。
笹の葉の形をした、透明な板が、二本の扇を合わせたように左右に広がる。飾りものめいた涼しげな外見なのに、節のある六本の足だけが妙に生々しい。
異形を突き付けられた天使は、平静な目でそれを見つめ、思ったことをそのまま舌に乗せる。
「……偽翼とか?」
その返答には満足げに笑い、ぱっと手を離す。地面に扇がぶつかって、硬い音が鳴る。
「似ていると思う」
「知りませんよ、背中から首を折られても」
「確かに」
からからと笑いながら、自然な動きで腰の銃に手を伸ばす。
地面に激突しても壊れなかった透明な羽は、要の部分を正確に打ち抜かれて砕け散った。