007.祈りの言葉
「片方を犠牲に」
最近のぼくは目を覚ましはするけれど、体がほとんど動かせない。まぶたを開けているのも面倒だ。
原因は言うまでもない。ぼくたちの、弟の心臓は、これが限界なんだ。
「それしか方法はありません」
大人たちはぼくが寝ていると思っているらしい。潜めた声、はっきりした口調で、手術の相談をしている。
弟は生きる、だからぼくは死ぬ。わかりきっていたこと。
そのときが来たというだけ。
もう手紙を書く力もないから、ぼくは体じゅうで語りかけようとする。弟に届くようにと祈りながら。
ねえ聞いて。
罪だと感じないで。
殺したなんて思わないで。
後を追おうと考えたりしないで。
「融合したままではふたりとも死んでしまうのですよ」
大丈夫、そんなことにはならないよ。
ぼくは死んだあとも、きっときみの中にいる。記憶の家に住まうことができる。
だから。
忘れないで。
殺さないで。
痛みをともないながらでも、つらさを感じながらでも、心臓にぼくを抱いていて。
それはきっと泣きたくなること。失うのは苦しいよね。
ごめんね、それでもぼくは、きみに涙を強いても一緒にいたい。
だからお願い、ぼくを。
祈る、祈る、あふれるほどに祈る。あるのかないのかもぼんやりした左手を動かす。重たいてのひらが敷布を這う。傍の機械が鋭く鳴く。
手探りの先。
いつもの位置にきみの右手。
肩から力をこめて、手を重ねる。握りしめる。
縋りつく。
どうか。
どうか。
どうかぼくを、覚えていて。